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Channel: 門学ブログ|門鑑定の舞台裏|社会で地に足をつけて現実離れせずスピリチュアルを大切にできる技
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自由になる方法

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このブログでは、
人生なるべく充実させたい人のための
仕事観、子育て観、人間関係構築法、不安や悩みの対策、
自分をなんとか好きになること、日常を新鮮にすること、
夢を現実化すること、ときには日記、を書いています。
 
 
ただいま2日に1回の更新にしています
 
 
太田香織です。
 
 
 

 

いきなり、
変えたばかりのブログタイトルを
ある程度回収しなければならない流れになりました。
 
 
 
 

人間、

物質世界の3次元空間に生きていますから、

完全に自由になるのは不可能で、

 

たとえば私が
1時間後にエベレストの山頂に立ちたい!

 

と思っても

ムリな話です。

 

どこでもドアは
今のところありませんし、

 

どこでもドアがあったとしても

素人が
いきなりエベレストの山頂に立ったら

死ぬでしょう^^;

 

 

 

 

しかし、

 

精神面、

ものの考え方の面では、
限りなく自由になることができます。

 

 

 

 

自由になる道のりは、
自分の思考の制限を
いかに外していくか?

 

というところにあります。

 

 

 

 

ああしてはいけない、
こうしてはいけない、

 

こうすべき、

ああすべき、

 

これは悪、これは善、

これは罪、これは恥、

 

人間が社会を作るようになってから、
それはそれはたくさんの縛りを作ってきました。

 

それは、
1人では生物としてあまりにも弱い人間が、
集まって社会を作り

生き延びるためであったとはいえ。

 

 

 

 

人間はそもそも弱くて不自由な生き物であるというところから始まり、

何千年か何万年か知りませんが
いろんな体験を経てきて、

集合知のようなものも少しずつ獲得してきて、

 

今や人工知能まで生み出すことができるようになり、

 

人は、
やっと、

 

人間の不自由さから
自由になれる道筋を
見つけ始めたように思います。

 

物質的に不自由なものを、
精神的に自由になろうとしているのだから、

 

それは、

 

ある意味ファンタジーの世界に近いです。

 

 

 

現実を見ろ!

 

現実は大事!

 

 

 

なのだけど、

 

 

 

それでいて、

 

現実を超えるのです。

 

 

 

現実に根ざす物質部分と、
自由にものを考える非物質部分、
両方が存在します。

 

 

 

 

 

より自由になりたいのなら、

 

まず、

 

「私は自由になっていい」

自分に自分でOKを出すことから始まります。

 

 

 

 

 

どこかに苦しい思いを抱えている人は必ず、

 

「私は自由になってはいけない」

「自由になったら誰かにとがめられる」

 

などの思いを深層に持っています。

 

 

 

 
そう思っているかぎり、
自由にはなれないし、
自由をとがめる人が自分のまわりに現れます。
 
 
 
 
「だって、私が自由にしたら家族が崩壊する」
 
・・・自由を制限しないと成り立たない家族ですか?
 
 
 
「だって、自由って言ったら人を殺すのも自由ってことにならない?」
 
・・・十分成熟した人が、他の誰かを殺す必要ありますか?
 
 
 
 
ただし
自分が自由になりたいなら、
他の人の自由も認める必要があります。
 
 
 
 
こうやって
言葉で綴っていくと、
 
論理思考でガチガチになり
頭でっかちになることがありますが、
 
それは
自由ではないですよね。
 
 
 
 
「自由」は「制限なく動くこと」
 
 
 
それは、
対立がない状態です。
 
つまり
元も子もないですが
 
すべて
「どうでもいい」のです!
 
 
 
 
自分が自由だろうと
不自由だろうと。
 
どこに行こうと。
 
何をしようと。
 
他の人が
何をしようと。
 
 
 
 
どうでもいい。
なんでもいい。
 
 
 
その上で、
何を選びますか?
 
 
 
 
何に心を動かされ、
 
何に情熱を感じますか?
 
 
 
 
それらを思う存分体験する許可を、
自分に出すことができますか?
 
 
 
 
 
 
 
生まれて、
物心ついて、
周囲の世界をそのまま疑問を持たずに受け取っていた状態から、
 
やがて、
「精神の目覚め」
と言えるような時期がやってくることがあります。
 
 
 
目に見える物事がすべてでは
ないのではないか。
 
今までまわりの人たちが言っていたことは
本当は違っていることもあるのではないか。
 
 
 
 
その時点から
何らかの「答え」を探す旅が始まります。
 
 
 
 
しかし、
そこからこそが、
大変な道のりでもあります。
 
 
 
 
高揚感、幸福感に満たされたと思えば、
疑い、罪悪感、羞恥心などに激しくさいなまれることもある。
 
それは嵐のようです。
 
 
 
とても大変ですが、
 
自分の中の激しい葛藤を、
長い道のりの果てに
ほぼすべて
捨てるというか無くすというか
昇華するというか
 
そうなってきたとき、
 
かなりの自由度が生まれます。
 
 
 
 
究極的には
「生死」
について一定の知見を持つことができれば
本当にこわいものなしになりますが、
 
死んでみるのは
実験するわけにいかないので
そこは何とも言えず、
賭けのようなものですね!
 
 
 
 
もっといろいろ
書きたいことはありますが、
 
読む人をかなり選びますので
いつか
有料バージョンにしたためたいところです(^^)
 
 
 
 
 
 
・・・ずいぶん久しぶりにこういう内容を書いた気がします。
 
 
 
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マイカー、
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